長良川のサツキマス漁

 お世話になっているリバーリバイバル研究所のニイムラさんがサツキマス漁の記事を書かれています。
 その名の通り、皐月に遡上する(姿がみられる)のでサツキマスですが、漁期もこの時期のようです。ニイムラさんの別記事では京都あたりのスーパーでもサツキマスが並んでいるとのことですから、関西方面の季節の魚ということでしょうか。

リンク: リバーリバイバル研究所:漁が始まっている.

 漁は刺し網で行っているようです。獲れるときは年間1000匹ということですから、かなりの量の遡上があるということですかね。ちょっと驚きました。

 しかし、記事を拝読していて、不定期に行われる漁を調査する難しさ、自分も感じていましたが実感します。1週間くらい泊まり込みで待つのが一番なのでしょうが、社会人になるとそれも難しく。写真を撮りたいのだけど、現場に出くわせない漁場ってあるのですよね。
 以前は、連絡をいただけると言うことで待っていたら、なんと山形の漁師さんから茨城の居酒屋で飲んでいるときに連絡をもらった、なんてもこともありました。しょうがないので、最終の新幹線で仙台に引き返したのですが。そんな記憶を思い出す記事でした。

2006 05 11 05:22 AM | 固定リンク | コメント (117) | トラックバック

「川は誰のものか」

 著者ご本人よりコメントをいただいていた、菅豊著『川は誰のものか』(吉川弘文館)をようやく読了しました。
 菅さんは拙ブログでもなんどか紹介させていただいていますが、このブログ的に言えば人文・社会科学系サケ研究者の代表に位置づけられる方となります。その代表的なフィールドが、新潟県山北町を流れる大川です。この本は、この大川のサケ漁を巡る歴史であり民俗誌となっています。
 大川のサケ漁は個人がカギを使ってサケを引っかけるコド漁が現在も行われており、その”古めかしい”漁法はサケに限らず川漁の研究者も注目しているフィールドになります。この本では、そうしたコド漁を出発点に、大川郷と呼ばれる流域の人々が大川のサケ資源に対してどのように関わってきたのか、コモンズという概念を使って説明されています。菅さんはこのフィールドにおよそ20年近く通われ、これまでも多くの論文を発表されていますので、本書の内容の多くは私にとっても既知のものだったのですが、それを差し引いても大変おもしろい本でした。
 まず、コモンズですが、いわゆる共有地をイメージするとわかりやすいのですが、ある特定のメンバーによって管理される共有資源を指します。このメンバーは地域の住民といった広いものから、地域の古くからの住民とか、漁協の組合員など、地域内の特定の人のみという場合もあります。コモンズ研究はこうした使用するメンバーが決まった場所での資源管理に着目して、地域社会の中でどのように地域の人たちによってその資源を管理していたのかについて明らかにしようとするものです。
 で、菅さんが今回丹念に江戸時代から現在までの大川のコモンズとしてのあり方を示されて、一番興味を持ったのは、そうしたコモンズとしての大川のあり方がどんどん変化してきている点にあります。それは制度、すなわち使い方(漁場の割り振り方など)だけではなく、住民にとってのサケ漁位置づけの変化まで明らかにしており、単純に資源を管理するとか、利益を得るとか、そういう視点からでは切り込めない事例を提示されています。コモンズといった場合、どうしても理想的な資源管理のあり方、みたいな話になってしまい、静的な資源管理を記述してしまいがちなのですが、この本では、プロセスを明らかにすることで、決して安定的ではない、けど、その時代時代に合わせて釣り合いをとっていくコモンズが描かれており、その川にとって、現在どのように利用していくことが流域の人々にとって望ましいのか、ということを考えさせてくれるきっかけとなることが示されていると思います。
 この点で、是非多くの方、特に河川環境保全などに関心がおありの方はご一読頂ければと思います。

 一方私の関心からの感想と雑感も記させて貰います。
 基本的に、私の研究上の主たる関心は、明治以降の展開から、現在の姿にあります。そして、その部分についても非常に勉強になる内容でした。特に「公益」という言葉をキーワードに、明治初期の動きを説明したあたりは、自分も同じ時期の動きを気にしていて、うまく表現できなかったところだけに、膝をたたくとともに、自分の追求の足りなさを恥じ入るばかりでした。
 また、現在の状況を丁寧に記述した上で、コモンズのあり方が変化していることを明らかにされた部分も、大変勉強になりました。
 ただ、菅さんは別の論考でも、現在のサケ漁師がもつ、人工ふ化事業という国家戦略に関わるという社会性を指摘されていたのですが、この点についてあまり触れられていない点が少し引っかかりました。なぜなら、私自身はこの点が現在のサケ漁考える上で、かなり重要ではないかと考えているからです。つまり、「公益」「共益」「私益」の3者のバランスをうまくとることで経済的に必ずしもうまみのないサケ漁を続けていく原動力となっているのではないかということです。それは、人工ふ化による資源拡大だけではなく、具体的には学校教育への関わりや、鮭祭りなどに関わることで、「公益」(ここでの”公”を国のみに限定すると違いますが)に資するサケ漁という側面を生産できるているのではないか、ということです。この点が「楽しみ」の顕在化という面のみの記述になっているため、現在のサケ漁のありように少し違和感を感じてしまいました。
 以前ある河川で話を伺った際、「あなたはよくサケ漁を勉強していますし、書かれていることはそうなんだろうけど、もう一つ、私らがサケの資源拡大を切に願っていて、どうやったら孵化率があがるか、回帰率があがるか、それが一番考えていることなんだけど、その部分も書いて欲しい」と言われたことがあります。この川は一括採捕を行っていて、集約的なサケ漁を行っている河川ですが、ふ化事業以外にも、かなり多様な「公益」「共益」的な事業を行っていたため、私の調査はどうしてもそちらの方に目が向いてしまいがちだったため、このように言われたのです。この話は目から鱗の話で、たぶん現在のサケ漁師は、それはサケのもつ特殊性でもありますが、単純に漁をする人、という以上に活動に対して多面的な想いをもって漁に従事しているように思います。そのあたりもサケ漁の現在を考えていく上では記述していく必要があるように思います。
 もちろん、この部分は自分の関心ですし、自分で明らかにすればよいことなので、本の内容と直接は関係ないのでしょうが、あくまでも感想と雑感ということで^^;
 コンパクトにまとまっていて、非常に読みやすい本だと思います。川の世界に興味がおありの方、是非ご一読を。

2006 02 09 04:52 PM | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

投網使い北上川でサケ漁

ちょっとショックなニュース。いや、私にとってですが。
 岩手放送にて、北上川の投網漁がニュースになっていました。

リンク: IBC NEWS:投網使い北上川でサケ漁[11:51].


盛岡周辺の北上川では人工ふ化のためのサケ漁が最盛期を迎えています。
朝もやが川面を包む北上川。午前6時、波立つ川面にめがけて最初の網が投げられました。このサケ漁は「北上川水系さけ・ます増殖組合」がサケの人工ふ化のため県の許可を得て9月頃から行なっているものです。仕掛けは川の所々に泳がせているメスをおとりにして、近寄ってくるサケをねらうというもので、今朝もオス・メスあわせて4~5匹が獲れました。

 で、どの辺がショックかというと…
まず、現在も投網漁が定例で行われていて、それが北上川ということ。
そして、投網をするためにおとりのメスを用意しているということです。

 投網漁そのものは、カギやヤスなどの漁具と違い、魚体に傷を付けないので現在でも行われていても不思議はないのですが、あまりにも効率が悪い気がします。
 そして、後者は古い河川でのサケ漁の必需品で、このメスに集まってきて、さて産卵行動に入ろうかな、というところを捕まえてしまうという漁になります。
 遡上中のサケはかなり慎重な魚とされ、人影を見ると逃げてしまうのですが、産卵時だけはそちらに集中するためか捕まえやすいとされています。そのため、おとりを用意する以外にも、産卵場で産卵行動に入った所を捕まえる、というのが、特に上流部の一般的な取り方でした。(ちなみに投網は仙台の広瀬川でも行われていますが、こちらは堰堤で上れなくなったサケを狙うもので、ちょっと性格がことなります。またおとりのメスを用意する漁としては新潟県の大川のコド漁があります。)
 近年では人工孵化目的のため、数匹の漁獲では意味がない、ということもあり、こうした漁法はほぼ見られなくなったのかな、と思っていましたが、こうして行われているところもあるのですね。

 朝6時に盛岡か~、折を見て見に行ってみたいものです。

2005 10 15 08:51 AM | 固定リンク | コメント (59) | トラックバック

「最上川・荒川・江の川の漁撈用具-日本の河川三大漁撈文化-」展

 展覧会ネタ2発目^^;です。広島県三次市にある広島県立歴史民俗資料館にて下記のような展覧会が開かれています。重要有形民俗文化財に指定されている河川漁撈用具を一同に介する展覧会で、私としては非常に気になる展覧会となっています。

リンク: 平成17年度特別企画展「重要有形民俗文化財 最上川・荒川・江の川の漁撈用具-日本の河川三大漁撈文化-」展.

 この3河川のうち、最上川と江の川がサケに密接に関わりがあり、興味深い漁具が収集されています。河川における漁撈用具の共通性、差異性をみる貴重な機会だと思います。交通の便の悪いところですが、是非ご覧頂きたいと思います。

 あ、私はさすがに厳しいかな~?でも行きたいな~
 先に紹介した新潟と併せて日本海岸ドライブとしゃれ込みたい気分です。

2005 10 12 03:37 PM | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

新潟オフの様子

 先に紹介したように、新潟にサケを見に行ってきました。オフ会の報告を兼ねて、ココログのマイフォト機能を使ってまとめてみました。↓ここからか、サイドバーの下の方からも行けます。

新潟オフ

 オフ会の報告と言うよりも、村上のサケ漁報告という感じになっていますが、それはご愛敬ということで。

2004 11 23 04:38 PM | 固定リンク | コメント (71) | トラックバック

小泉川のサケ漁-速報

 本日、本吉町小泉川のサケ漁を見てきました。
 ここでは、地引き網漁が中心です。
暴れるサケ
 大量に写真を撮ったのですが、さて、どうしようか。
 ひとまず速報まで

2004 10 22 05:00 PM | 固定リンク | コメント (60) | トラックバック

広瀬川のサケとサケ漁

 本日は仕事が休みなうえ、天気もよいので何をしようかな、と考えながら出かけると、広瀬川にサケの姿が。よく考えたら、今年最初の生サケです。
広瀬川の様子
 橋の上からサケをみる、というと盛岡の中津川が有名ですが、ここ広瀬側も捨てたものではありません。写真はうまく撮れませんでしたが、ざっと見ただけで5,6匹はいました。
 で、うろうろしていると、河原にそれらしき車が。採捕作業のようです。

 場所は広瀬橋と宮沢橋の間、郡山堰の下流側です。この大きな堰によって滞留するサケをねらいます。採捕は名取広瀬川漁協の方々で、話を伺うと7班に分かれ、一日交代で両河川のサケを捕るそうです。定置のトメは許可されていないようで、写真のように作業が始まると網を張ります。
網を張る
網を張る2
 川いっぱい張り終わると、上流側では投網を使いサケを捕獲すると共に、竿を川面に叩きつけ、サケを網に寄せます。
 本日は水量も多く、漁には不適だったようですが、理想的には網を2枚張り、その間のサケをすべて追い込み、丁寧に一匹ずつはずしていきます。作業が終わると網は撤去になります。水量が多いこともあり、胸まで水につかりながらの作業で、大変そうです。
 最後に、本日の漁獲。10本強でしょうか。
本日の漁獲
 ここの漁場が終わると次の漁場へ、という感じで忙しく川を回ってられるようです。

2004 10 18 03:06 PM | 固定リンク | コメント (86) | トラックバック

黒部川の流し網漁

富山県黒部川でサケ漁が始まったとのニュースです。

網手繰りサケ600匹 黒部川で流し網漁始まる

 この黒部川では流し網漁という漁法が行われているとのこと。とはいえ、一般的な流し網とはちょっと違うようです。


 サケの流し網漁は県内の河川では、黒部川だけに伝わる漁法で、秋の風物詩として知られる。十一月七日まで計四日間行い、同漁協では雌約千二百匹の捕獲を目標にしている。
 サケの流し網漁は、下流に留め網を川幅いっぱいに張ったところへ、上流から流れ幅いっぱいに重りを付けた網を流れに沿って流し、サケを留め網に向かって追い込む。上下流から挟み撃ちにして生け捕る。

 福島あたりで合わせ網と呼んでいる漁法に近いようですが、上流から網を”流す”のが特徴のようです。ゆらゆらと流れる網にサケが絡まる様子は見てみたいような気がしますが、流す網の左右は押さえるんですよね。でないと逃げてしまうような気がします。

2004 10 18 08:34 AM | 固定リンク | コメント (83) | トラックバック

密漁について(補遺)

先般、密漁について書きましたが、こんな記事もありました。

1.密漁問題について

 北海道議会の議事録で、こんな質問が平成13年度に行われていました。

注目は


 密漁の手口につきましては、河川や禁止されている河口付近での竿釣りが、半数以上を占めていますが、近年、「かぎ」を使用する、いわゆる「ひっかけ針」による手口が、増加してきている傾向にあります。
 また、今年の漁期に入りまして、石狩川河口付近において、本格的な刺し網を使用した密漁が摘発されたこと、さらに網走管内では、サケ・マス捕獲施設が破壊され、マスが盗まれたと考えられる悪質な事例も発生しております。

の部分で、近年「ひっかけ針」が密漁漁具として使用されているという部分にひっかかりました。
 たぶん、本州で「がらがけ」とよんでいる漁具を指すような気がします。これは三面川では「てんから」とも呼ばれていて、サケの漁具の一つとして古くから使われています。ただ、近年は河口部でボラなどを対象に使われることがおおいようですが。で、これをもう少し広げてカギ漁具とした場合、本州の中上流部では結構使われていた漁具でした。主に産卵場で使われ、産卵行動に入る直前のサケをねらいました。このカギ漁具、魚体を傷つけることもあり、以前紹介した越後大川を除き、禁止されています。ところが、これが密漁具として生きていることが多いらしいです。あくまでも伝聞なのですが、”にやり”と笑いながらカギ漁具を見せてくれる人がいるとか。この記事を見て、その話を思い出してしまいました。
 密漁は知らずに行う人が多いは多いのですが、逆に人工孵化事業が行われない、とか権利が制限されて行えなくなった、など戦前までは行っていたのが、戦後になってできなくなった、という人もまた多数います。これまで目の前のサケが採れていたのに、という思いから、現在の判断では密漁を行う人もまたいるのです。
 これもまた、サケを巡るもう一つの現実ですね。

2004 09 13 09:13 PM | 固定リンク | コメント (87) | トラックバック

阿賀野川のサケ漁とご神鮭汁

 新潟県を流れる阿賀野川のサケ漁の記事です。

新潟の水辺だより Vol.53川料理シリーズ阿賀野川の鮭漁とご神鮭汁

 漁法は地引き網のようです。一網で50匹程度もとれることがあるということで、網上げは結構勇壮だと思います。
 この記事で注目は”ご神鮭汁”でしょうか。何度か指摘しているように、初めて採れたサケに対する儀礼は、サケ漁の一つの特徴ですが、ここでは捕れた鮭を汁にして漁仲間全員で食べるとのこと。この形式は日本海側では広く見られる形式のようで、神に捧げた魚を皆で食べる、ということですね。

2004 09 13 08:37 AM | 固定リンク | コメント (83) | トラックバック

鮭川のサケ漁(その1)

 山形県の文化を紹介するサイトに、最上郡戸沢村金打坊地区の川漁の様子を紹介したエッセイがありました。
 
秋の章

 戸沢村は鮭川が最上川に合流する一体に位置する自治体で、鮭川はその名の通り、サケが遡上する川です。私もその名にひかれ、何度となく調査に伺っています。
 このエッセイでも紹介されるように、このあたりの人は夏は鮎漁、それから稲刈りをはさんでサケ漁というのが生活のリズムになっているようです。昭和40年ころまでは男が川でサケをとり、それを家の女性が新庄などに売りに行く、というかたちで進められ、大きな収入となっていました。どのくらいかといえば、サケの収入で人を雇えるので、農作業をする必要がない、というくらいだったそうです。
 川漁は、一部に専業の人もいますが、経済性をもった魚が少ないこともあり、多くは農家などが副業として行います。サケは稲作の作業が一段落したあとに行えることから、非常に有効な副業であり、サケ漁の権利をもっていれば出稼ぎにいかなくてもやっていけた、などという話など、その経済性をめぐる話は各地で聞くことができます。
 で、この鮭川流域ですが、いろいろと話を聞いていると、かなり地域差があるようです。今回紹介した金打坊の場合だと、収益が集落に分配されていたと書かれています。これだけ読むと「原始共産制!」などと書いてしまいそうですが、これなども、集落が持つ漁場とその収益から考え出された方法なのだと思います。サケ漁は、特に河口にちかいほどどれだけ獲らないかが問題となる漁です(だって、全部獲ると上流の人が困ってしまいますから)。なるべく多くの収益を、という点と、なるべく獲らないという上流からの要望のなかで、この集落が選んだ方法ということなのだと思います。また、別の地区に行くと漁場は集落ごとに毎年交替して公平に収入が上がるようにした、という話もあります。鮭川ではサケ漁の権利に関しては、主として集落ごとに漁場をきめ、その中での漁獲の扱いや漁場の割り振りはそれぞれの集落ごとに決めて運営していました。

 ということで、鮭川のサケ漁は書きたいことも多いので、勝手に連載とさせていただきます。次回以降、もう少し漁について報告させていただきます。
 

2004 08 31 03:46 PM | 固定リンク | コメント (61) | トラックバック

そろそろ定置網漁の季節です

 そろそろ日本沿岸での定置網漁がはじまるようです。北海道では9月初頭より開始、三陸では9月下旬ころからがシーズンのようです。
 そこで、シーズンに先立ち、ネット上から情報を少し紹介いたします。

 まずは、釧路市水産業対策協議会のサイトから
サケ定置網漁業
 釧路沿岸の定置網の設置状況、網の形態等について図入りで紹介されています。
 また、定置網を設置する場所については、こちらのエッセイが参考になります。
忠類川・サケ・マス釣獲調査・ニュースvol.35
 以前紹介した忠類川のサイトに掲載されています。若干引用すると


◎小定置網
例年8月からカラフトマスが溯上を始める。この時期は「マス網」と言われている小定置網が海に所狭しと入っている。この網は、全長300mの小型の定置網なのですが特徴としては、渚から網が入っているのです。この時期に海を回遊しているカラフトマスは、波打ち際を回遊しています。ようするに渚から5mの範囲内を通っていることが多く、これを一網打尽にする網の仕組みとなっているのが一番の特徴と言えます。ただし河川に溯上させ、孵化事業用の卵を確保するために毎年8/12~16日までの間に網を撤去して河川に溯上を促進させています。この直後に大挙してカラフトマスの溯上が起きる訳なのです。忠類川開始以来、その状況は変わっていないので今年も同じはずこのマス網は、サケ定置網が解禁になる直前にすべて撤去されるのです。
◎本格的サケ定置網
また今年は、本格的なサケ定置網の解禁が8/27からに変更になりました!標津町では全部で28ヶ所の定置網が設置されています。先の小定置網は、波打ち際から網が入っているけど、この本定置網は、逆に渚から100mが空いて設置になるのです。これは、川に溯上を促進させるための処置でもあります。去年までは、9/1にサケ漁解禁になっていたけど今年は、時期が4日早くなっている。
(後略)

 定置網そのものは、対象とする魚ごとに違うのですが、サケ科の中でもこのように違いがあることがわかります。それにしてもカラフトマスが渚から5mの範囲を通っているとは。なお解禁日は1999年のものです。例年9月1日を基準に前後数日の変動があるようです。

 定置網関連ではこんな記事もありました。
サケ定置網漁を前に「土俵」づくり


この水産会社によりますと、俵は海の中では1年ほどで腐食してなくなるため、定置網漁でよく使われるナイロン製の袋に砂を詰めた重しより、環境にもやさしいということです。

とのこと。確かにプラスチック製の浮子なども含め、漁業廃棄物(っていう言葉があるのかな?)は問題になっていますから、一つの配慮なのでしょうね。古い水産図譜などをみると、網の錘に俵をつかっているものがありますので、古い技術が現在によみがえった例なのだと思います。

定置網漁に関するルポ・体験記としては、たくさんあるのですが、このあたりを紹介させていただきます。
石狩川 秋
北海道新聞2002年10月16日付け特集きじより、石狩川河口部における定置網漁の様子です。

一網打尽
こちらは余市で小学校の先生をなさっている涌井大輔さんのサイトから、紹介で漁船にのった体験記です。

ただいま修業中
 北海道漁連のサイトから、”ただいま修業中”という23歳の漁師さんのルポが乗っています。静内の定置網漁師の一年の様子をみることができます。

ということで、ひとまず紹介でした。また漁期が始まったら改めて紹介します。

2004 08 19 01:26 PM | 固定リンク | コメント (77) | トラックバック

スティ-ブストン物語

 バンクーバーのサケ事情についてはバンクーバーのサケ事情として、既に一部、紹介させていただいていますが、今回紹介するのは、河口部の漁港、スティーブストンの日本人移民をめぐるエッセイです。

スティ-ブストン物語

 文中、一章ぶんが「不思議な魚 サケ」として、フレーザー川河口部のサケ漁、特に日本人移民が開発していった加工をめぐる話がまとめられています。長文で、読み応えがありますが、非常に興味深い情報がいくつもあります。
 ちょっと抜粋して紹介しますと


宮城県からも及川甚三郎が率いる一団、82名が密航を企て、船をチャーターして50日かけて太平洋を渡り、入国に成功しています。
 甚三郎は、宮城県で最初という製糸工場を作った男でしたが、進取の気性に富み、たまたまカナダから帰ってきた近在の男から、スティーブストンのサケ漁の話を聞いて、1896年に単身でスティーブストンに行き、3年間漁師として苦労した結果、家族を呼び寄せて、次第に事業を拡大していきます。
 フレーザー河に浮かぶ「ドン島」を買い取り、そこに魚の加工工場を建てたりして、その島はやがて「及川島」と呼ばれるようになりました。しかしこの成功に留まらないのが甚三郎の並外れたところでした。

 このスティーブストンの町の日本人入植に際し、宮城県の人も大きく関わっていることを知りました。この及川島、是非足を運んでみたいものです。
 また、サケについても、

 フレーザー河のサケは5種類ですが、最も珍重されるものは「サッカイ」(sockeye)で、ベニザケと呼ばれています。「チャム」(chum)は白人の漁師からは「ドッグ・サーモン」と言われて、犬しか食わぬものとして評価されなかったのですが、日本の漁師が半干しで塩蔵したものを日本人相手に売り出してからは、人気が出てきました。「ピンク」(pink)も、色が薄くて身が軟らかいので缶詰には不向きとされていましたが、サッカイが不漁の年などから次第に缶詰用に使われています。

とあって、敬遠されてきたシロザケが日本風の加工で人気が出てきた、というところ、

 日本人が好むサケの卵巣(イクラや筋子になります)は、当時はすべて捨てられていました。日本人はこれを回収し、塩蔵にして日本に送り、大いにもうけたそうです。卵巣が立派な商品になったのは、日本人の業績のひとつです。

イクラ製造の開始で日本人が頭角を現してきたというところ、などが、情報としてはおもしろかったところです。このほか、漁法についてや、サケの生態等々、もちろんそれが主題ではないのですが、非常に多くの情報が掲載されています。
 水産物が世界に広がる中で、各地の食文化によりトロは捨てられるとか、イクラは食べないとか、と魚の部位毎の経済的な価値が大きく異なります。スティーブストンで日本人移民があるていど成功した背景は、こうした加工品等が世界市場とかかわりあう過程があることを知ることができます。
 こういう漁港ってアメリカからカナダに掛けてけっっこうあるのでしょうか。サケと日本人、というのは私の興味の中心ですが、どうも現在のサケの文化を考える上では、日本に限定した見方だけではだめそうですね。漁獲量・流通量をみても日本は非常に多いのでしょうが、単に国内市場の開発だけではなく、生産市場?の開発への関わりについても考えてみたくなりました。
 是非、ご一読を。

2004 07 28 04:48 PM | 固定リンク | コメント (83) | トラックバック

ブラックバス捕獲中

c5yc5wsh0007_i.jpg
 初めての携帯から投稿です。
 懇意にしていただいている鮭漁組合の方々がなさっていました。
 詳細は後ほど。

■で、後ほどです。
携帯での長文は厳しいので

 この町ではため池が多く、その多くにブラックバスが繁殖しているようです。駆除の方法は、刺し網を使い、1夜ほど張った後引き上げます。
 目的が駆除ということで、親魚も稚魚も狙う必要が有り、網目の選択で苦労があるようでした。稚魚を狙うと親がかかりませんし、逆だと稚魚が擦り抜けるという具合です。ちなみに、網はサケ用のものと、アユ用のものを利用しているようでした。
amiage01.jpg

 こちらが、舟上より刺し網をあげている様子。

toami01.jpg
 こちらは、手の空いている人が投網を投げている瞬間。ちなみに漁獲はツブと呼ばれるオオタニシ4個と藻が大漁でした。

 私個人としては刺し網の張り方の写真などが撮影できたのが大きな収穫でした。どうしても漁獲がある時期の調査が優先されるため、なかなか下準備の調査ができなかったので。

 しかし、バス釣りの人気と比例して、各地でバスの繁殖が問題になっています。個人的には河口湖のようにバス釣りを目玉にした湖がある一方で、生態系の保持に気を使う湖沼がある、という具合に区別されることが理想だと思いますが、持ち込まれると、あっと言う間に繁殖するようですね。
 また親魚はなかなか捕まらないようです。漁師さんたちも、「釣りっこは大きいのも釣れる、っていってんだよな」などと言いながら稚魚を網からはずしていました。

2004 07 21 06:08 PM | 固定リンク | コメント (72) | トラックバック

マス定置網漁始まる

オホーツク海沿岸でカラフトマスの定置網漁がはじまったとのこと。

オホーツク海沿岸の鱒(マス)定置網漁始まる

 オホーツク沿岸では、7月から9月が定置網漁の時期だそうです。そういえば、岩手県沿岸(安家川が有名です)に遡上するカラフトマスもシロザケよりも少し早く、8月ぐらいが最盛期という話ですから、オホーツクあたりでは現在がちょうど漁期になるのですね。
 サイトには、料理法なども記されています。「生ハム風デイルサーモン」というのがおいしそうですが、どんな料理なんでしょう。
 このサイト、沿岸漁業から内水面まで多様な情報があげられていますが、漁協関連のサイトなのでしょうか。見る限りはっきりしませんでした。ただ、多様な情報がありますので、サイト内の他の情報もどうぞ。

 ところで、文中、カラフトマスの説明として「初冬のクチグロマスなどとは違う種」とありますが、クチグロマスって?どなたかご存じの方おいででしょうか。

◆ちょっとしらべたらクチグロマス、ありました
http://www.stv.ne.jp/tv/dosanko/kinyou/031205/main.html
 どうも、サクラマスのことのようです。冬場に獲れるものを指すようです。
取り急ぎ補足まで

2004 07 15 06:40 AM | 固定リンク | コメント (78) | トラックバック

富山の鮭漁

富山県の”県民カレッジ平成8年度テレビ放送講座「川と生きる ~富山の川魚漁~」”の資料に、サケ漁、マス漁をテーマにした回がありました。

山なみを紅く鮭漁

越中の川魚漁

春を告げる鱒漁

 主に神通川の事例を中心に水産試験場の方々がリレー形式で講義を行ったようです。
 各記事、生態から漁法、そして今後についてまで、非常に興味深く拝見しました。
 一応、ここで載せるのはサケの回より


サケ(シロザケ)はサケの仲間の中で日本人に古くからもっとも親しまれており、そのため呼び名もさまざまで、北海道ではアキアジ、トキシラズ、北洋でシロ、宮古でオオナマコ、気仙沼でオオメマス、塩釜でラシャマス、石巻でイヌマスなどと呼ばれている。

の部分で、以前紹介したサケの呼称のうち、オオメマスが気仙沼の方言で、このほか、ラシャマス、イヌマスなど宮城県内でも多様な呼称があることが記されていたところでしょうか。

 また、漁法面では、


小屋掛けオトリ投網
 主に神通川で行われており、川岸に仮設小屋を建て、岸から2メートルほどの川の中にヒモでつないだオトリを泳がせる。オトリは主に雄を使用するが、オトリのしっぽから10センチほど後ろに水底から少し離して釣り糸を張りつめる。糸の片方を置き石に、片方は小屋の中に引き込んで鈴につなぐ。オトリに引き寄せられたサケが糸に触れると小屋の中の鈴が鳴り、投網をかぶせて捕獲する。

押し網
 主に県東部で行われており、弧状の竹を2本交差し、竹の末端部分に袋状の網を付けた漁具を用い、夜間、灯火を体の後ろにぶら下げると前方に灯火による人影ができる。サケが周囲の明るさを嫌い人影に逃げ込むところを上から漁具を押しかぶせ捕獲する。


の2漁法に興味を持ちました。
 前者は那珂川のチンチン網漁と呼ばれる漁法に非常に近く、小屋で待つという点でもサケ漁の一つの特徴となる漁だと思います。
 後者は山形県の最上川で”オセアミ”としてその道具が致道博物館に収蔵されているものと同じようです。秋の夜、川に入ってサケが寄ってくるのを待つ漁であり、一応漁具があるので行っていたのかなと思ったのですが、それ以上に、ほんとかいな?、という気にさせられる漁法でしたが、これも最上川だけでなくもうすこし広がりがあるようです。

 何度か触れているように、北陸方面には調査に行ったことがないので、文献以上の知識はないのですが、このサイトで紹介している情報をみても、なんとか機会をつくらねば、という気にさせられる地域です。

2004 07 01 10:53 AM | 固定リンク | コメント (995) | トラックバック

九頭竜川のサケ漁

 福井県を流れる九頭竜川をメインフィールドとされる友鮎会のサイトより、福井県立博物館の報告書からの抜粋で、九頭竜川の漁法が紹介されています。
九頭竜川の漁撈

 サケ関連の漁法としては以下の4種類が上げられています。
  地引網
  流し網
  袋網
  サケエバ・かぎ
 このほか、マスに関する漁法も掲載されています。那珂川の記事でほとんどの漁法が含まれていると書きましたが、一つ忘れていました。流し網と地引網ですね。これは那珂川にはありませんでした。
 一応先ほどの記事と対応させると、カマス網が袋網に対応します。袋網は最上川などではモンペ網などともいわれ、産卵場でオスがメスを奪い合い、まけたオスが流される習性を利用し、産卵場の下流側の仕掛けるもので、オスにとってはメスを奪われたあげく人間に捕まってしまうという漁法です。
 河川におけるサケ漁は、一番単純なのは川を堰き止め、遡上するサケを全部捕まえてしまうというものですが、それでは上流の人と喧嘩になりますので、サケをより集めるような仕掛けを作る漁法(以前紹介した越後大川のコドなど)か、産卵場に集まってきて、産卵受精に精力をかたむけるサケを狙う漁法が多く見られます。
 九頭竜川の漁法では、地引き網が河口を中心に有る程度川幅があるところで、袋網と”かぎ”が産卵場で、流し網がトメを使う漁法という具合に分類できます。

2004 06 24 09:15 AM | 固定リンク | コメント (83) | トラックバック

那珂川の伝統の漁法

 那須を水源に茨城県まで流れる那珂川の伝統漁法を紹介したページです。なかがわ水遊園のサイトにありました。
なかがわ情報 - 伝統の漁法

 紹介されているサケ関連の漁法は以下の五種です。
   カマス網
   ヒブリ漁
   カギ漁
   イグリ網漁
   サケ四ツ手網漁

 網の形態などに違いはありますが、私が知る限りサケに関する内水面漁法の全てが網羅されています。というよりも、サケの漁法に関してはあまり地域差がなく、河川流域の一つの地域を抜き出せば行われた形跡のない漁法もあるのですが、川全域でみると、ほぼここの紹介した漁法が全て見られることが多いです。
 これは青森県でも山口・広島を流れる江の川でも同じ傾向があるように思います。この特にイグリ(居繰)網という、2艘の船の間に網を渡し、下流側から上流に向かい船を動かしながらサケを獲る漁法はサケ漁の特徴であり、また広くみられるということで、その技術の伝播は興味を持っています。
 写真もありますが、今ひとつわかりにくいです(っていうか、漁法をわからせる1枚の写真というのが困難なのですが)。とはいえ、現在は見られない漁法も復元したようで、一見の価値があります。

2004 06 24 08:58 AM | 固定リンク | コメント (97) | トラックバック

北洋漁業の流し網

流し網で圧巻 誇り今も
朝日新聞富山版の記事です。北洋漁業における流し網の導入は1931年に北海道庁の依頼により富山県の漁師が始めたのが最初で、それまでは定置網漁だった、ということです。

 目当てのサケとマスは回遊魚。一定の深さ、水温、塩分濃度の海域を巡り、えさを食べる。「魚が泳いでいるところに、網を置くことができれば」。だれもが夢見たことを、長治らが実行しようとしていた。  占守島東海岸の沖合。  長さ約3キロに及ぶ流し網が入れられた。  縦約10メートル、横約40メートルの網を80個つなげている。海流に向かって泳ぐサケの行く手をさえぎるように、網をひく。数時間が過ぎる。水揚げだ。  「網を揚げたとたん、サケ、マスが白く見えたので、喜んだ」。長治はそう、書き残している。「この漁法しかない」と自信を深めた。  流し網は、北洋漁業の光景を一変させた。  大量に捕れるので、母港に帰る暇がない。やがて、単独船から、複数漁船が集団で漁をする母船式が台頭する。缶詰や塩蔵技術も向上した。北洋の海産物は繊維製品と並び、戦前日本の主要な外貨獲得産業に成長した。  瞬く間に、流し網は全国の漁業者に広まる。だが、富山の漁師の経験に裏打ちされた技術は、抜きん出ていた。他道県の漁師はぼやいた。「越中衆の通ったあとは、草も残らん」
 北洋漁業が200カイリ以降衰退し、現在は見る影もない状況ですが、まさに明治から昭和の水産史に特記すべき北洋サケマス漁を巡る一こまです。私自身は河川の漁が中心なので、北洋サケマス漁については概略しか知らないのですが、一つの川で漁をしていた時代から、全国規模で船が漁場に行く時代の漁は、漁師達の知恵があふれていたように思います。実際、遠洋に出ていた人とちょっと話すと、本当に目を輝かせながら話をしていただけます。  で、最後に北洋漁業の概略が記されています。
 流し網の発祥は諸説ある。北洋漁業を研究する郷土史家山田時夫さん(黒部市)は「起源は東北地方にあったのではないか」と言う。  明治後半、三陸海岸を大津波が襲い、漁師不足に陥った。県内からも入善出身者らが宮古(岩手県)に移住。新参者は沿岸の良い漁場を与えられないため、沖合に出る必要があった。その過程で試行錯誤を重ね、流し網が生まれたとみている。
 が気になりました。うーん、自分のフィールドである東北地方が沖合流し網漁の発祥という説があるとは。  ただ、明治16年の宮城県の水産図誌をみると沿岸の流し網が記載されているので、はたしてこの説が本当かどうか。これは今後の課題にしたいと思います。

2004 06 03 09:18 AM | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

大原川の鮭遡上

宮城県雄勝町大原川のサケ漁の紹介です。

kasen.net 大原川の鮭遡上

 鉄カゴ式のウライで採捕をしている様子が分かります。鉄枠に網でウライを作るのは珍しいかな。ちょっと写真ではよくわかりませんが、なにか廃材でも利用しているのでしょうか。
 三陸沿岸の河川は、御覧のような小河川が多く、水が非常に綺麗な印象があります。また河床が砂利質なところが多いのも特徴かな。
 大原川はまだ行ったことはないのですが、これだけ鮭の姿が写真に撮れるのなら、秋には行かなくては。

2004 06 02 11:48 AM | 固定リンク | コメント (75) | トラックバック

越後大川のコド漁

ネタ枯れが深刻です。ここ半月ほどでサケに関わるネタはギンザケのつかみ取りぐらいでしょうか。ということで、恒例の写真の紹介をさせていただきます。
mokkari.png
 ちょっとわかりにくいのですが、新潟県山北町を流れる越後大川のサケ漁の仕掛けです。写真の手前に大きく写っているのはモッカリと呼ばれるもので、竹や木で枠を作り、笹で仕掛けを隠しています。
 詳細はここに図入りで紹介されています
 基本的には、遡上途中のサケが休憩するという習性を利用して、サケの休憩場所を作り、そこに集まるサケを「カギ」を使って引っかける、という漁法です。サケは人影などがあると逃げてしまいますので、川原には杉などの木を植え(立て)そこに身を潜めながらサケが寄ってくるのを待ちます(川原に不自然に立っている木がそうです)。効率という点からいえば、以前紹介したウライの方が圧倒的なのですが、生きたサケを引っかけ、持ち上げるという、手に残る感触がたまらないものらしく、権利を取得した多くの人が川原にコドやモッカリを作っています。河口から連なるコドは壮観です。また、実際に漁をされている方も、その手応えについて熱く話されているのが印象に残っています。残念ながら、私は何度か大川に行っているのですが(通過したというほうが適切ですが)、カギで引っかかる瞬間を見たことがありません。ので一度実見しなくてはと思っているのですが。
 漁場は毎年セリで決まります。どこの漁場を選び、入札するのか、という点も漁の一環として楽しみなようです。菅豊氏が膨大な報告をされていますので、興味を持たれた方がいらっしゃれば、ご参照下さい。

2004 05 07 12:02 PM | 固定リンク | コメント (355) | トラックバック

阿武隈川のサケ

サケ

 阿武隈川で獲れる魚の頁にサケの情報がありました。大元の頁は国土交通省福島河川事務所の頁になります。
現在のトップ頁にはサケの稚魚放流の写真が掲載されていて、東北地方の河川の旬のネタがサケの放流だということが知らされます。
 この頁にはサケの生態等についても記載がありますので、ちょっとした情報として有用です。
 ひとまず紹介まで。

2004 04 08 02:03 PM | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

水戸辺川のウライ

mitobe.JPG
 ネタがないので、またまた写真をあげます。
 志津川町水戸辺川の一斉採捕場の写真です。三陸沿岸に多い、網を使ったウライを設けています。ただ、鉄かごを使っている点が岩手県沿岸などとは異なります。

2004 03 19 02:01 PM | 固定リンク | コメント (69) | トラックバック

小泉川のサケ漁

koizumi1.png
ということで、ネタもないことですし、自分のコレクションから小泉川のサケの水揚げの様子をアップします。
地引き網で獲ったサケを作業場に運んだ所です。

2004 02 27 11:41 AM | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック