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アラスカでサケ供養

 旧聞ですが、毎日新聞新潟版の記事より(yahooニュースよりたどりましたが、リンクは切れていました。)2004年5月26日付け記事です。アラスカ、ユーコン川にサケ供養の地蔵堂をつくり、毎年供養しているとのこと。


「お世話になっているサケを現地で供養」--加島さんが来月、アラスカへ /新潟
 サケ茶漬けやサケの粕漬けで知られる新潟市東堀前通八番町の食品会社「加島屋」の社長、加島長作さん(69)が来月、輸入しているサケの漁場である米アラスカ州のユーコン川を訪れ、サケの供養をする。【渡辺暢】
 ◇30年前から食品加工業、加島さん
 加島屋は、サケ茶漬け用のキングサーモンをアラスカ州エモナックの水産会社から年間100トン以上仕入れている。
 サケ供養は、30年前に加島さんが始めた。ユーコン川のそばにある水産会社のサケ解体工場の近くに、ポケットマネーで地蔵堂を建立。毎年、社長自身が石の地蔵を置き、自ら経をあげてきた。今年も社員や現地の関係者らが出席し、来月20日ごろのサケ漁解禁に併せて、供養する。
 加島さんは70年代から毎年、品質管理のため現地に足を運び、漁の現場をみてきた。30年ほど前、アラスカの漁師たちは、水揚げしたサケをこん棒で殴り、殺していた。暴れるままにしておくとサケ同士でぶつかり合い、身が傷んでしまうためだ。「間接的にではあれ、自分も殺生してるんだなあと実感した」と加島さんは言う。
 そこで供養を思い立ち、毎年アラスカを訪れる際に続けてきた。漁法は変化し、今はこん棒は使われなくなったが、サケを殺して商売していることは変わらない。「地元の漁師も私たちも、サケに支えられている。ありがたいことと思いつつ、毎年、手を合わせています」と加島さんは話す。(毎日新聞)

 ちなみに加島屋さんはこちらで、サケの加工品の世界では有名なお店です。私も本店に行っていろいろと買いあさったことがあります。
 サケ漁解禁に合わせて供養ということですから、以前触れた初鮭儀礼になるのでしょうか(笑)。そのへんはおいておいて、おもしろかったのは、サケをこん棒で叩く姿を見て、供養を思い立ったということです。サケを棍棒でたたいて殺す方法は、アメリカインディアンから本州日本まで各地で見られ、その棒に日本では「エビス棒」、アイヌだと「イサパキクニ」という具合に特別な名前を付けていることです(現在では「棒」としかいわないことが多いですが)。やはり直接殺すという行為は、なにかすまないという気分にさせるからでしょうか。また、アメリカでも単なる棒ではなく、彫刻が施され、特別な棒として位置づけられています。こうしたこともあり、サケの文化誌研究においては、この棒は一つの研究対象に位置づけられています。
 以前、取材でいったある川では、いろいろと撮影をしていたのですが、叩いているところは撮らないでくれ、といわれたことがありました。各地、どの川でも叩いているところを見ていますので、私はそれが当然だと思ったので、その漁師さんの反応にちょっと意外な感じを覚えました。まあ、まったく初めて見る人がその姿をみれば、「あぁかわいそうに」という感想を得るのでしょうから、写真として残すのに抵抗があるという気持ちも分からないのではないですが。
 各地にサケの供養碑などもありますが、こうした直接殺す感覚が、そうした碑をつくる理由にあるのかもしれません。

2004 06 12 01:20 PM | 固定リンク

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