アシリチェプノミ
アイヌの初鮭儀礼については以前紹介したことがありますが、こちらは札幌市内を流れる豊平川の初鮭儀礼についての記事です。
毎年行われているということですが、残念ながら23回目となる今年の儀礼は9月20日に行われたそうです。記事の中で興味をもったのは、
エカシ(長老)は「和人が来るまで昔は自由に獲れたものだ。しかし普段はホッチャレと呼ぶ、卵を産んで力尽きたサケを食べた。新しいサケが上がって来る時だけ、神様にお願いして獲らせてもらったのさ。獲りすぎると、サケは戻って来なくなるだろう。自然を大切にした民族の知恵だよ」と話す。行政は未だに先住民の伝統文化の儀式に使うサケの捕獲を川で認めていない。
の部分で、2点、一つは先住民の儀礼での使用でも捕獲は許可されず、儀礼用のサケは石狩湾で捕獲して、それを川の生け簀に放して捕獲をするという点と、もう一つはアイヌはホッチャレを主に食べていたという点です。
前者はここでも何度かふれているように、そろそろ水産資源保護法の運用については考え直してもよいのかな、という話とつながりると思います。サケ釣りの人気もそうですし、獲れたサケの処理に困っているという現実もそうですが、あまり杓子定規に法を適用するのもどうかな、という気持ちがします。
後者はまったく別の話ですが、サケの脂肪分は食べる際のおいしさを左右しますが、一方で酸化すると毒性をもつ、という面があります。そのため冬季の食料としてサケを捕っていた昔の日本人も含め、北太平洋の多くの民族ではサケはなるべく脂質の少ない、ホッチャレなどを好んで獲り加工していたという話があります。
これは資源維持という面でも産卵後のサケを主に捕るわけですから合理的という面もありますし、川で獲る方が獲りやすいという技術的な面でも合理的です。日本でもサケ漁を川で行うことが一般的だったのはこうした背景があるためと考えられています。
ただ、現在は上記のコメントにもあるように、自然に対する”知恵”ということで説明されてしまうのはどうなものなのだろうか、と思った次第です。もちろん自然に対する知恵なのですが、もう少し人間側の事情もあって、ということは考えてもいいのかな、という気がします。
2004 09 30 11:27 AM | 固定リンク
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